暁のかたる・しす

文筆家/編集者・中川大地のはてなダイアリー移行ブログです。

「失われた10年」ならぬ、バビロン・プロジェクトによって「取り戻された10年」としてのレイバー世界

てなわけで、林氏と永瀬氏という大先輩の虎の威を借りながら(笑)、不肖・中川も編集の一人として全体のディレクションに少なからず噛ませていただきました。
レイバー世界のリアルな考察本を作るということは、『パトレイバー』の物語設定に加え、「現実世界の歴史」という“もうひとつの原作”を読み解き、料理する作業でもあるという点が、他のSFロボットフィクションにない際立って大きな特徴でした。僕の方で特にこだわったのが、バビロン・プロジェクトをはじめとする巨大公共事業によって、現実の「失われた10年」とは真逆の「第二の高度経済成長期」のような経済情勢と社会世相が訪れているであろうという描像です。
バブル崩壊以降、財政政策も金融政策も効かない未曾有のデフレ不況に沈み、日本型経営システムの崩壊と優勝劣敗の格差社会化への不安にあえぐ私たちの現実からすれば、レイバー産業が成長して内需を牽引したもうひとつの90〜00年代は、いわば「取り戻された10年」とも呼ぶべき、“かくありたかった理想の日本経済史”にも見える。ネットやケータイがないかわりに、レイバー・テクノロジーが発達した社会は、もしかすると人々が『ALWAYS 三行目の夕日』に涙したような、昭和三〇年代主義的な「夢」や社会的共同性さえ、回復してくれるのかもしれない。だが、はたしてそれは本当にユートピアなのだろうか……?
そんな、アップトゥデートな現実社会の問題やその反動的願望に対する批評的思考実験として、『パトレイバー』の作品世界を読み解けることを示した点もまた、本書ならではのセールスポイントの一つとしてアピールしておきたいと思います。