暁のかたる・しす

文筆家/編集者・中川大地のはてなダイアリー移行ブログです。

【仕事告知】森ガールについて書きました&反響について

昨年7月のエントリ以来、どうにも気になる存在になってしまった森ガールについて、2月24日配信のメルマガ「週刊ビジスタニュース」に論考を書かせていただきましたが、このほど同誌の公式ブログにて公開されています。

「森ガール」にできること〜「少女」から「女子」への変遷の中で 

先にtwitterの方でも告知させてもらったところ、やはりあのコたちは皆さんにとっても気になって気になって仕方のない存在だったようで(^^)、ずいぶん反響をいただきました。ありがとうございます。
まあ執筆準備時点から、担当編集氏に「どう転んでも誰かしらに不満を持たれるテーマだから、中央突破で一緒に火だるまになりましょう!」なんて発破をかけられながら書いただけあって、案の定、とりわけ同業界の玄人女子筋からのキビシイ意見も見受けられました。あくまで外側からの先行言説の座学をベースにしての描像整理なので、当事者的な実感とはどうしてもズレてしまうのは避けられなかったようです。
特に、補助線にしたオリーブ少女についての理解は、執筆後にParsley氏による↓のような、より当事者感のつよい優れた考察を見つけて、ちと調査不足だったなあと頭を抱えたりしてました。

「森ガール」はオリーブの夢を見るか
文化系女子研究所(2) はじまりの「オリーブ少女」
文化系女子研究所(3) 森ガールは草を食んでおしまい?

つまり、どちらかというと、まだリセエンヌ路線になったばかりで少女性が素朴だった80年代後半的なオリーブ少女のイメージで捉えてしまっていた僕の論考に対して、90年代のオリーブ少女は、より女子自身のダンディズムを追求するカルチャーとして能動的で強固だったといたという見方ですね。
それから、00年代後半の女性ファッション全体の流れの中から、「異性ウケ・同性ウケ」という視点でさらに解像度の高い整理をしてるdale氏の↓も秀逸です。

森ガールが盛りアガールまでのトレンドの流れ

ここで触れられている「森ガールは異性重視で、隙のある雰囲気が男性を惹きつける(狡猾だよ派)」「いやいや。森ガールはセクシーとは縁がないほっこりスタイル だよ(天然だよ派)」という見方の幅について、「少女」の概念の消長に焦点を当てた僕の論考では後者の側をクローズアップせざるをえなかった点も、「わかってない」という印象を与えてしまった一因かもしれません。


というように、我ながら事実ベースの理解や解釈では至らなかったところもあると多々感じているんですが、ひとつtwitter上の反応で解いておかなきゃいけないなと思ったのは、「男のライターが森ガールとかオリーブ少女とかを語るときのズレ方って、男の性欲に適合するのが成熟した「女」のあり方で、そこから外れている女たちは「病んでいる」という女性観にあるのかも」という誤解です。
おそらく僕の論考のむすびで、「性や労働や加齢といったノイジーな現実をもエレガントに繰り込み、人生をよりハッピーに彩る一生モノのスタイルの母体として、森ガール・カルチャーはさらに素敵にしていけるはず」というかたちでお節介な期待をかけたことがカンに障って、モラトリアムとしての少女性を否定し男社会に適応せよという理解になったんだと思うんですが、そうではありません。
僕が「病んでいる」と思っているのは当然、いまだに女性がアンバランスな負担を強いられ、その過度のストレスが「少女」という<適応>的・避難所的な限定期間を生まざるをえなかった(過渡期の)近代社会の方です。それが先人たちの努力やら景気変動の不作為やらのおかげで、必ずしも男性に依存しなくてもいい「無頼化」が進行し、年齢に限定されない「女子」として、以前よりは幾分かは存在しやすくなった成熟期近代の価値観フェーズの変化は、文明の<本来>化への漸近として歓迎すべきことだと思ってます。
なのでこの先もどんどん、性も労働も加齢も今ほどストレスフルにならない、女子も男子も安心して無頼化できる社会にして、それこそ人類が始原の「森」、つまりアフリカの熱帯雨林の狩猟採集バンドで普通に実現していたレベルの男女の対称性を回復できるトランスモダンな文明スタイルを目指そうぜ、てのが僕の最も根本的な立場です。だからその意味では、森ガールに対する希望としてでなく、「俺たちも、そうできる環境を作るためにがんばるから」という一言を加えるべきかどうか、最後まで迷ったりしてたんですけどね(かえってクドいしキモくなりそうなのでやめたんですが。つか、そんなのは言うまでもない前提だと思ってたし…)。

まあ、そんな文明論レベルの長期目標はともかく、現状の森ガールについて肯定的に思うのは、上記のdale氏の観測にもあるように決して異性との恋愛や性的関係について、ちゃんと自分を大切にしながら草食系男子とのパートナーシップを求めていくという恋愛巧者としての側面がある(らしい)ということですね。この点、しばしばベタな男尊女卑的価値観に従属的だったりDV受容的だったりしやすいとされるヤンキー女子とかの異性関係の傾向より、全然健康だと思う。かと言って、肩肘張ってカツマー的な自立とかジェンダーフリーとかに行くわけでもない自然体な感じは、自分が女子だったらぜひ選びたいスタイルなのは間違いないですよ。mixiの「*森ガール*」コミュの恋愛系のトピック見てても、あー俺もこういう恋したいなーと思うものw

とりあえず、論考に盛り込み損ねたことの補足としては、こんなところでしょうか。