暁のかたる・しす

文筆家/編集者・中川大地のはてなダイアリー移行ブログです。

<4>1995年〜1999年 デフレ不況と“自分”の逆襲〜「メンヘラー」的傾向とそれぞれの見出した「現実」〜

 強固なイメージ喚起力をもつ声質や楽曲で「幻想浮遊系」という傾向性をJ-POPシーンの片隅に打ち立てたコア歌手たちは、しかし90年代が下るにつれてその音楽世界を「現実」化させていった。
 90年代の後半といえば、『新世紀エヴァンゲリオン』がさまざまな要因によって時代の空気とシンクロし同時代のありとあらゆる文化ジャンルに諸影響を及ぼしていたが、その「大人になれずに現実に傷つく自分」のエキセントリックな内面表現にも広範な共感が集まっていたおり。
 J-POPシーンにも川本真琴coccoJungle Smileといった「痛々しい自分」の内面を過剰に赤裸々に表現する「メンヘラー」的傾向の歌曲を歌うアーティストが登場し、デフレ不況や14歳の少年による猟奇殺人事件といった「自意識過剰の90年代」の不安な空気が蔓延するのと、「幻想浮遊系」アーティストたちの変化も無縁ではなかったのである。

 その変化がもっともストレートかつ顕著に出たのが鈴木祥子で、もともとエモーショナルに揺れまどう内面性を持てあましながら、おそらくマーケティング戦略などの外的都合で穏やかな「幻想浮遊系」の殻に押し込めていた“自分”が、先述の『SNAPSHOTS』や97年発売の同傾向の次作『Candy Apple Red』で遅ればせながらにストレートな表出を始めたという感がある。この傾向が頂点に達したのが翌98年の『私小説』で、タイトル通り前作よりいっそう生々しく女としての“自分”を俎上に上げる度合いを高めた作品と言える。「完全な愛」などの濃厚で不透明な音づくりと重く引きずるような歌い方を聴きこむと、初期作品で外界の現実風景を淡い透明感ある水彩画のように心象化していたのと同質のまなざしを自らの内面に向けたことの、必然的な帰結ではないかという気もしてくる。
 さまざまな趣向を実験的に試みてきた遊佐未森は、97年の『ロカ』および東芝EMIに移籍した98年の『Echo』で、『水色』以来ふたたびNight Noiseが参加し、アイリッシュテイストのポップをより昇華・発展させ、自分のものにしている。「ロカ」「タペストリー」といった伸びやかなスケール感ある曲群と、「あけび」「ミント」のような身辺の小事をスロー・メロディで絵日記風に描くものの二群を作風として定着させつつ、初期のコスプレ感にあふれた幻想世界とは異なるナチュラルな表現世界を確立していく。このナチュラル・アイリッシュ路線の土台に乗りながら、幾分か「メンヘラー」的な不安への踏み込みが垣間みえるのが99年の『庭』で、その内省的な詞曲に遊佐自身が健康の問題で歌手生命に不安を感じたことが反映されていると指摘する声もある。
 また、ZABADAKも97年の『LiFE』で個人的な生への賛歌をストレートに歌うロック路線を、98年の『はちみつ白書』で「クマのプーさん」を題材にした企画路線に取り組むが、かつての独自世界を構築する「ZABADAKらしさ」の求心力はますます低下してゆく。だが、この時期の吉良知彦上野洋子はそれぞれ他アーティストとのユニット・コラボや新人発掘、オムニバスへの参加、アニメやゲームの主題歌・サウンドトラックへの楽曲提供といった「他人の幻想世界」の構築に積極的に協力することによって人脈の結節点となり、バイオスフィアレーベルを中心に大きな「ZABADAKファミリー」を形成して次代の「幻想浮遊系」アーティストの裾野を拡げていったと言えるだろう。

 そうしたZABADAK人脈の一人として、90年代後半になって大きな展開をみせたのが新居昭乃である。デビューアルバム以後はソロアーティストとして自己の世界を築くことではなく、90年代前半は『ぼくの地球を守って』『ロードス島戦記』『風の大陸』などの和製ファンタジー系アニメ・ゲームのサントラやイメージアルバム、他アーティスト作品やオムニバス版への参加といった裏方仕事に費やしてきたのが彼女だったが、97年にそれらの提供曲を集めたコレクション・アルバム『空の森』をリリースしたのをきっかけに、ソロ活動を再開することになる。同じ年に出た実に11年ぶりのオリジナルセカンドアルバム『そらの庭』は、「現実化」ないしポップ離れした遊佐・ZABADAK空位を一気に埋めるスケール感と独自世界の構築性を持ちながら、両者にはないどこか儚げで温度の低い退廃的な声質・唱法とダークさを秘めた詞世界を特徴としていた。それは「セカイ系」が勃興していくこの時代なりの新たな「幻想浮遊系」の求心力あるスタイルを示してみせたのである。
 そしてソロアーティストとしての新居を中心に、『マクロスプラス』『カウボーイ・ビバップ』で作家性の強いアニメサントラの作曲家として頭角を現してきた菅野よう子や、キングレコードのベタな声優アイドル路線に対する、ビクター所属の本格アーティスト志向の声優歌手という打ち出しの坂本真綾らが、人脈的にもファン層的にも同系統をなす一群となり、タコツボ化の進行してゆくオタク市場の一角に生存圏のひとつのコアを確立することになる。